「おい、来るな!俺のだろ」
俺は自分の皿を抱え込む。
フォークを構えたロードは残念そうに笑った。危ない危ない、俺のハンバーグが餌食になるところだった。
「もういいだろ、お前小さいんだから」
「小さくない。お前がでかすぎるんだよ」
「なぁティリエどう思う?」
ティリエは私に振るの?とうんざりしたように自分を指した。
「ロードは無駄に大きいし、アルツは別に大きくも小さくもない。他人の食べ物を横取りするのは盗賊と同じ。それよりもっと静かにできないの?」
言い終わるとまた他人のフリを始めるティリエ。
俺は悪くないのに…は逆効果だから黙っておくか。
そんな俺のコップに、小さな少女がにこやかに水を注いでくれた。礼を言うと少女は会釈をして次のテーブルへと移った。
早々と食べ終わったロードはまだかまだかと頬杖をついている。
「で、食べたらどうするんだ?」
「細かくは決めてないけど…とりあえずハルタの方角に歩くわ」
「俺、行きたい店があるんだよな。さっき大通りで見つけた鉱石屋に…」
「きゃあああああっ!!」
突如、店内で絹を裂くような悲鳴が上がった。入口の方からだ。
「動くな!店の中にいる奴全員床に伏せろ!抵抗したら斬り捨ててやるからな!」
間髪入れずに罵声が響く。遠くてよく見えないが、剣を掲げる男が見えた。
ざわめく店内。ロードは直ぐさまハーベストに手をかけたが、ティリエがそれを止める。
「待ってロード、落ち着いて」
「馬鹿、落ち着いてる。奇襲をかけるんだよ。今ならやれる」
ロードは机の上に飛び乗ると、他の客の机を伝って一気に入口まで走った。あまりに思いきり過ぎる抵抗に男はぎょっとする。ロードは勢いをつけ机を踏み切ると、そのまま男を蹴り倒した。男は重ねてあった予備の椅子に突っ込む。すぐに頭を上げたが、突き付けられたハーベストが刃を光らせ、男の行く手を塞いだ。
「諦めろ」
ロードが男を見下ろす。店内にもほっと安堵の空気がながれた。
ところが、
「誰が諦めるって?」
男が勝ち誇った笑みを浮かべた時だ。爆音と共に壁をぶちやぶって、仲間らしい奴らが押し寄せてきた。6人が一斉にロードを取り囲み、剣を向ける。
ロードが危ない、助けに入ろうとした俺の腕をティリエが掴む。
「なんで止めるんだよ!」
「馬鹿な真似はやめて!ロードが歯が立たない相手にあなたが勝てるわけないでしょ!?周りを見て、これ以上騒ぐと犠牲が出るわ!」
言われてはっとする。周りには俺の抜きかけたシゼにすら怯える人が沢山いた。
こっちの様子に気付いたロードが声を張る。
「俺は大丈夫だぞ!おい、お前ら盗賊か?表へ出ろよ、まとめて相手してやるぜ」
ロードは威嚇するように長剣を振り回し、余裕の笑みをみせる。
だが盗賊は鼻で笑った。
「置かれてる立場を考えるんだな。武器を捨てな。さもないと…」
盗賊の一人が少女の髪を掴んだ。少女は小さく悲鳴を上げる。さっき俺に水をくれた子じゃないか!あんな小さい子にまで手を出すやつらに、俺の腹の底が煮えるように熱くなった。
「全員床に伏せやがれ!このチビを殺されたくなかったらな!魔器と、有りったけの金を持ってこい!」
魔器だって?ティリエもロードも表情が動く。金を二の次に、盗賊が魔器を欲しがるなんて。
男はハーベストを嘗めるように見る。
「テメェのそれは魔器じゃねえだろうな」
「気の毒に、盲目なんだな。どうしたら俺の恋人が魔器に見えるんだ」
とんとん、と剣で床を鳴らすロード。男は舌打ちをして客を掻き分け始めた。
震え上がる婦人が突き飛ばされたのが見える。老人も乱暴に隅に追いやられた。
くそっ、どうすればいいんだよ!
そう思った時だ。ティリエが静かに進み出た。
「ここにテシンがあるわ」
ざわっと声が上がった。
ティリエがウォーラを突き出すと、男は満足気に口元を上げる。
「いい子だお嬢ちゃん。さ、それをこっちに放りな」
「まずそこの、私の友人を解放して。それからその子も。客には一切手をあげないと約束して外に出て」
ティリエは毅然とした態度で臨む。その様子に驚いていたが、盗賊も言い返す。
「お嬢ちゃん、誰に口聞いてるのかわかってるのか?」
「異論はきかないわ。テシンはちゃんと渡す。それが駄目なら、これはこの場で叩き割る」
「わ、わかった。おい、表へ出ろ」
ティリエがテシンを振り上げると、流石に盗賊達も焦りだした。
ロードがハーベストを床に置いたのを確認してから、奴らは少女を連れてゆっくりと外に出た。
「おい、大丈夫か?」
「仕方がないわ」
ポーカーフェイスで俺を見ながらティリエも外に出る。奴らとは距離をとっていた。
「このチビと同時に交換だ」
男の言葉にティリエは頷いた。怯えた目を向ける少女には口の動きで「大丈夫」と告げた。
男は少女をティリエの方に歩かせ、ティリエにも来るように手招きをする。
ティリエと少女がすれ違う。のばしたウォーラが男の手に渡る。ウォーラを手離したティリエから、男が離れた。
…今だ!!
俺はシゼを手に入口から飛び出した。
別に奴らと乱闘したいわけじゃない。でも納得できなかった。
何でティリエが奴らに、大事なウォーラを渡さなきゃいけないんだ?
俺は英雄になる気なんて毛頭なかったし、その時はそんなことは頭の片隅にもなかった。
ウォーラを持った男に向かって全力で走りながら、俺はシゼを抜いた。解き放たれたシゼが太陽に光りながら喜びの唸りを上げる。
さぁ出番だぞシゼ!そのまま勢いをつけて切りかかる。
俺に気がついた男は慌てて攻撃をかわし、反撃しようと剣を握りなおす。
でもすぐさま俺が用意していた二撃目を振ると、男は攻撃は受け止めたものの体制を崩し、ウォーラを宙に放り投げてしまった。
魔器はデリケートなのよ
宙を舞うウォーラ。ティリエの言葉が木霊する。
俺はウォーラに飛びつき、体を丸めてそのまま地面を転がった。
『うわぁああああ!…って、あ、アルツじゃないか!』
触れた瞬間に、ウォーラの声が頭に響く。
「そうだよ俺だよ!いいかウォーラ、相手は盗賊!盗賊だ!」
『み、見ればわかるよ!…アルツ、後ろ!!』
起き上がろうと膝をついていた俺は振り返るのに間に合わなかった。
振り返った時に見えたのは風を切りながら飛んできたハーベストと、それに腕を持っていかれた男の姿だった。
「ぎゃああああああ!!」
剣を握ったまま地面に落ちた己の腕を見て男が絶叫する。
やれやれ、とロードが肩を回しながらやってきて、壁に深々と刺さったハーベストを抜いた。
「さぁて、心行くまで相手してやるぞ」
構えたロードが不敵に笑う。盗賊達は青くなった。
そのうちの一人がまた、近くにいた女性を人質にとろうとした。
が、刹那、男の後頭部がまるで噴水のように勢いよく血を吹いた。
「か弱い女性を人質にとろうなんて、全く呆れた屑ですね」
倒れた男の影から現れた黒いシルエットは、紛れもなくシーガンだった。
どうやったのかわからないが、返り血は一滴も浴びていない。
気がつくと、周りのいたる建物からアイダルの住民が顔を出していた。
ナイフに斧に、菜園用の鍬まで、とにかく武器になりそうなあらゆるものを手にしている。
完全に形勢逆転だ。
ガシャーン!どこかの二階から勢いよく飛んできた花瓶が盗賊の足元で粉々に割れた。
刺してあった花は水と泥でぐしゃぐしゃになって、なんだかいい感じに不吉な手向けになっている。
盗賊たちは青くなり、散り散りになって逃げていく。
「覚えてやがれ!」
と最後の一人の声が聞こえると、通りはわぁっという勝利の歓声で満たされた。
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